竹中平蔵氏、中国社会でひそかに「大人気」になっていた

 

日本を駄目にした張本人

 

 

 

竹中平蔵氏、中国社会でひそかに「大人気」になっていた

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現代ビジネス

写真:現代ビジネス

 あの竹中平蔵氏が、中国で大いに人気を集めているらしい。中国の人々はいったい竹中氏の何に惹かれ、彼から何を得ようとしているのか。その背景を追っていくと、日中で共振する「新自由主義」の動きが見えてきた。神戸大学・梶谷懐教授による全3回のレポート。 【写真】「日本のどこがダメなのか?」に対する中国ネット民の驚きの回答

スーパーシティ法案成立の陰で

〔PHOTO〕iStock

 本年5月27日に、国家戦略特区法の改正案、いわゆる「スーパーシティ法案」が国会で成立した。新型コロナウイルス禍の拡大に伴う緊急事態宣言発令中の成立であり、報道などでは、遠隔医療の本格導入を始めスマート技術を用いた感染対策の進展に期待する声も多く聞かれた。  このスーパーシティ構想の背景としてAIやビッグデータを活用して社会のあり方を根本から変えるような都市設計を目指す動き、すなわちスマートシティの建設が、世界各地で本格化していることが指摘されている。  それを踏まえた上で(1)生活を支える複数のサービスが導入されている(2)複数のサービスがデータ連携を通じて相乗効果を発揮している(3)その成果が住民に評価されるような事業になっている――の3条件を満たす世界に類を見ない都市づくりを目指すのが「日本型スーパーシティ」構想の骨子だということらしい(「『スーパーシティ』構想について」『内閣府国家戦略特区ウェブサイト』2020年9月4日アクセス)。  そのようなスマートシティの代表的な例として、内閣府の資料にも挙がっているのが中国浙江省杭州市の「シティ・ブレイン(城市大脳)」である(内閣府地方創生推進事務局、2020)。シティ・ブレインは、市街を走行中の自動車の情報をライブカメラを用いて収集、そのビッグデータをAIで分析してドライバーにフィードバックすることで都市の混雑を解消し、交通事故の減少だけでなく、物流の高速化や市政サービスの簡便性の向上なども目的としている。  アリババ傘下のアリババ・クラウド社は、この「シティ・ブレイン」が目指すものについて、「ビッグデータそのものを都市インフラと位置付ける」ことによって、AIによるデータ活用が交通渋滞の解消、エネルギー損失の縮小、防犯体制の強化につながる、と述べている。  また同社は、自分たちのやっていることについて「ビッグデータの内部情報には一切触れずにアルゴリズム解析をし、要求された(あるいは、されているであろう)情報を自動的にアウトプットする」だけだ、と説明している(助川、2018)。  一方で、このようなスマートシティの導入に当たっては、政府による個人情報の大規模な収集が不可欠になることから、プライバシーが十分に保護されない「監視社会」化を招くのではないかという批判も生じている。特に、上記の杭州市のような中国のスマートシティには強権的な国家による「監視社会」に対する懸念がどうしてもつきまとうことになる。  さて、中国経済を専門とする筆者が、なぜスーパーシティ構想に興味をひかれたのか。そのきっかけは、この法案の参議院の審議過程で、日本共産党大門実紀史議員が、「日本を中国のような監視社会に導き、個人のプライバシーと権利を侵害する重大な危険性がある」とし、法案に強く反対したことを知ったことである。大門議員の反対討論では、昨年9月に出版した拙著『幸福な監視国家・中国』も引用されていた、と聞く。  大門議員は、法案について次のように指摘している(「スーパーシティ法案 大門議員の反対討論(要旨)」『しんぶん赤旗』2020年5月29日、2020年9月6日アクセス)。  反対の最大の理由は、日本を中国のような「監視社会」に導き、個人のプライバシーと権利を侵害する重大な危険性があるからです」とし、中国では「政府・大企業が膨大なデータを分析し、国民への監視や統治に活用して、ウイグル族弾圧や民主化を求める活動家の拘束にも監視カメラや顔認証技術が用いられてきました。政府がスーパーシティ構想のお手本としてきた杭州市は、街全体のIT化が世界で一番進んでいますが、裏を返せば、街中に監視カメラが数千台もあるなど監視社会の最先端です。  これまで、政府が進めようとする規制緩和や都市開発の構想に対して、野党の政治家や政府に批判的なメディアが「アメリカの真似をするな」と批判を行うという現象はしばしば見られた。しかし、このスーパーシティ構想のように、自民党政権が進めようとするプロジェクトに対し、左派政党の政治家が「中国の真似をするな」という理由で強く反対する、という現象はこれまで見られなかったものである。この現象をどのように考えればよいだろうか。

 

竹中平蔵氏、中国で人気に

竹中平蔵氏〔PHOTO〕Gettyimages

 スーパーシティ構想を考える上で、キーパーソンの一人が「『スーパーシティ』構想の実現に向けた有識者懇談会」の座長であり、現パソナ会長の竹中平蔵氏であることは間違いないだろう。  竹中氏は周知のとおり、「聖域なき構造改革」の旗振り役として小泉政権経済に経済財政政策担当大臣、IT担当大臣、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣を歴任した。第二次安部内閣の誕生に当たっては、日本経済再生本部の産業競争力会議の民間議員ならびに、国家戦略特区諮問会議の議員として、再びその動向が日本の政治に影響を与える存在としてクローズアップされてきた。スーパーシティ構想はその国家戦略特区の「目玉」として構想されたものである。  その竹中氏について筆者が以前から注目してきたのは、中国における評価の高さである。  特に小泉政権で閣僚に任命されたころから、その言動は特に中国の「改革派」知識人やメディアから常に高い注目を集めてきた。中国の代表的なIT企業、百度(パイドゥ)が運営する「百度百科(中国版ウィキペディア)」の「竹中平蔵」の項目では、彼が小泉政権時代に行ってきた様々な改革を中心に詳しい人物紹介がなされており、しかもその記述のほとんどは彼の経済改革の手腕を高く評価する内容で占められている(「竹中平蔵」『百度百科』、2020年9月4日アクセス)。  日本の著名な経済学者で「百度百科」で紹介されているのは故・宇沢弘文氏、故・青木昌彦氏、野口悠紀雄氏など数名しかおらず、いずれも竹中氏ほど詳しい記述はなされていない。さらに、彼が2007年に北京大学で行った講演録とその後の学生との対話が書籍化された『竹中平藏:解読日本経済与改革』(新華出版社、2010年)のほか、すでに多くの著作が中国語に翻訳されているほか、後述するように有力なメディアや、中国で開催された国際的なシンポジウムにも数多く登場している。  中国メディアが竹中氏を形容する際には「日本経済を最もよく知る人物」「改革の総指揮者」「経済改革の皇帝」「日本の王安石(中国宋代に大胆な改革を成功させた官僚)」「中国で最も人気の高い日本の経済学者」など、ほぼ絶賛といってよいほどのキャッチフレーズが冠せられることが多い。  周知のように竹中氏は日本において毀誉褒貶の極めて激しい人物であり、批判的なものも含めて彼を論じた書籍や報道はあまた存在するが、このような中国における彼の高い評価については筆者の知る限り日本ではほとんど知られておらず、そのことが持つ意味についてもほとんど考察されてこなかった。そこに浮かび上がった、竹中氏が旗振り役を務めるスーパーシティ構想と、その中国のAI監視社会との類似性の指摘。  これらの「点」と「点」を注意深くつなげることで、何かがつかめるかもしれない。そう考えたのが本稿を執筆した動機である。

 

 

中国改革派からのシンパシー

〔PHOTO〕Gettyimages

 中国における竹中氏の高評価のキーパーソンといえるのが現在「財新メディア」グループの社長である胡舒立(こ・じょりつ)氏であろう。胡氏は、1998年に独立系の経済誌『財経』を創刊し、経済問題を主としながらも地方の汚職事件などにおける大胆な調査報道で「中国の真実」を描き出すメディアとして評価を高めていった。そして、2003年のSARS流行の際に政府の対応を批判する報道で国際的にも注目をあびた。  その後、『財経』誌への当局の規制が強まる中で2009年に同誌とは袂を分かち、「財新メディア」を創刊、同社が発行する『財新週刊』は中国経済や社会に関する鋭い分析で高い評価を得ている。  特に2020年のコロナ禍の際には、昨年末に武漢市における新型肺炎の流行にいち早く警鐘を鳴らし、自らも新型肺炎で命を落とした李文亮医師の独占インタビューを掲載したほか、都市封鎖の状況及び経済的な影響に関する精力的な調査報道を行った。その一連の調査報道は東洋経済オンラインや日経ビジネスで翻訳されるなど、海外でも大きな注目を集めた(陸、2019)。  報道の自由が大きく制限された中国社会において、胡氏は、政府ににらまれてつぶされてしまうような事態を独特の「嗅覚」で慎重に避けながら、できるだけ「事実」に迫るような質の高い報道を行ってきた。中国社会ができるだけリベラルな方向に向かうよう、ソフトな形で世論の喚起を図る、いわば体制内にとどまりながら中国社会の改革を権力者の耳にも入る形で行いながら社会を変えようとするのが胡氏のスタンスだと言ってよい。  さて、胡氏は『財経』誌の編集主幹だった時から竹中氏、および彼が行おうとする経済改革について注目し、記事としてたびたび取り上げるだけでなく、二度にわたるロングインタビューを行っている。特に、メルクマールとなったのが『財経』2006年1月23日号の「日本の改革を解読する」という日本経済の特集記事である。  この特集は、竹中氏以外にも田中直毅氏、加藤寛氏といった経済評論家、および何人もの財界人に対してインタビューを実施し、さらに胡氏らによる詳細な解説が加えられるという、非常にボリュームのある特集であった。この際の竹中氏に対するインタビューは、胡氏の後日の記述によると、2005年の暮れに彼女が日本を訪問した際に、彼女のたっての希望で行われたものだという(胡、2010)。  小泉内閣の時期、首相の靖国神社参拝などの問題もあり、中国各地で大規模な反日デモが起きるなど、日中関係は険悪なムードが支配した。また、日本人の対中感情も大きく悪化した。しかしその一方で、小泉内閣が進める「構造改革路線」への中国の「改革派」メディアや経済学者の関心はかなり高かった。中でも改革の先導役としての竹中平蔵氏に注目が集まっていたことは、すでに述べた通りである。  インタビューのトピックは、不良債権処理から郵政事業民営化まで多岐にわたっているが、特に1997年のアジア金融危機以降の日本経済に関する見解を問われた際の以下の発言に、現在にいたる竹中氏のスタンスがよく表れている(胡=林=法、2006)。  (この10年)日本経済の動きは非常に緩慢で、安定した停滞を経験してきました。 これはある意味で非常に危険なことです。 日本経済が(アジアの)他の国のような危機に陥らなかったことは、幸いでもあり、不幸でもあります。 (中略)もし日本が東南アジアのような危機に見舞われていたら、多くの政治家や国民は改革の重要性に気づいていたかもしれない。 しかし、日本にはそのような危機はなく、1990年代における「失われた10年」においてさえ、成長率は非常に低いものでしたが、とにかく日本経済は成長を続けていた。すなわち、危機が存在しないところに、改革への圧力は存在しないということです。  インタビューを実施した胡氏も、日本経済に関する竹中氏の見解を踏襲する形で、以下の様にまとめている(胡、2006)。  経済学者たちは、日本の経済衰退は周期的なものではなく、構造的なものであると明言している。構造改革が非常に困難であることが、日本経済の回復を遅らせてきたのだ。 (中略)日本は産業界・金融界・政府が一体化した、強大な社会的利益集団を形成してきた。また従来からの終身雇用制度が、日本国民の伝統的な体制への依存をもたらしてきた。このため、『小さな政府』を実現し、より一層の市場化を推進することが国家の長期的な経済発展にとって有益であるにもかかわらず、これまでは誰も改革のコストをだれ分担しようとせず、実行に移せなかったのである。  注意しなければならないのは、このような胡氏らによる竹中氏への高い評価は、あくまで中国国内の状況を念頭に置いたものである、ということだ。すなわち、上記のように胡氏が発言するとき、日本経済自体に対する興味もさることながら、やはり政府による市場への非効率な介入が横行する中国においても、市場志向的な「小さな政府」を目指す改革の断行が必要だ、という、中国国内の「改革派」としての主張が見え隠れする。  特に胡氏が、常に政府からの理不尽な介入により事実に基づく報道を脅かされてきた気骨のジャーナリストであることを考えれば、そこに込められた意図は明らかであろう。すなわち、胡氏のような中国国内の改革派はあくまでも、「市場から退場しようとしない国家」をメインのターゲットにしている。  なお、連載の第二回、第三回で詳しく触れる通り、それに対して、竹中氏がいう「構造改革」は、「国家の役割の縮小」を主張するだけではなく、それ以上に終身雇用制度や、特定郵便局制度に代表される、日本社会に残る様々な「古い慣習」や、中間団体の一掃をねらったものだ、という重要な違いがあることには注意しておいたほうがよい。

 

共振する竹中型の政策と中国型の政策

小泉純一郎元首相〔PHOTO〕Gettyimages

 第一次安倍政権以降、竹中氏は政治の世界からは離れるが、その後も著名な経済学者として中国のメディアにはしばしば登場する。トピックも人民元の自由化問題であったり、財政再建問題であったりさまざまだが、竹中氏の発言が「小さい政府」を志向する改革派の経済学者の意見として取り上げられる状況は一貫している。  たとえば第二次安倍内閣における財政問題に関するインタビューでは、日本の法人税の高さが海外との競争力を低くしていることに言及し、財政再建は必要だが、そのためには増税よりも政府支出の抑制が重要だとする彼の発言が紹介されている(「竹中平藏:消費税増加不能徹底解决財政赤字」『新浪財経』2013年9月12日、、2020年9月4日アクセス)。  周知のように、2012年に成立した第二次安部政権で竹中氏は産業競争力会議の民間議員ならびに、国家戦略特区諮問会議の議員として、アベノミクスの「第3の矢」の旗振り役の一人として政治的なプレゼンスも増していく。それに伴い、再び中国のメディアでの登場も増えていく。その中で、竹中氏と中国との関係にも微妙な変化がうかがえるようになってくる。  もちろん、中国メディアが竹中氏を取り上げるときには、依然として中国の改革を進めていくうえでのヒントを彼の言説に探すものが多いことには変わりはないのだが、一方で竹中氏の経済思想や改革の方向性が、中国で現に行われていることとシンクロするような現象が目立つようになってくるのだ。  その際の重要なキーワードが、2015年より中国政府が、中国経済の持続的な成長を模索する中で提示された「供給サイドの改革」だろう。これは「過剰生産能力の削減、過剰在庫の削減、デレバレッジ(企業債務の削減)、企業のコストダウン、脆弱部分の補強」という一連の構造改革政策を通じて、経済の効率性を向上させ、これまでの資源投入型の成長に代わる持続的な経済成長を目指す、というものである(沈、2019)。  例えば、上海交通大学副教授の黄少卿(こう・しょうけい)氏は、習近平政権下の中国が「供給サイドの改革」を進めるにあたっては、国有企業を中心としたいわゆる「ゾンビ企業」の退出が必要だと述べたうえで、その際に財政投融資にメスを入れる、竹中氏が主導した小泉政権下の改革が参考になるのではないか、と指摘している(黄、2016)。  また、それより少し前のことになるが、2010年に竹中氏が中国を訪問した際に胡氏と行った対談で、彼が政府と市場との関係について述べた次のような発言も興味深い(胡、2010)。すなわち、政府支出には「救済型」と「根本治療型」があり、これまでの日本の財政支出は「救済型」であった。その代表的なものが失業者に対する給付金である。  しかしこのような「救済型」の支出を続けていく限り、財政収支が悪化するのは避けられない。したがって経済成長自体を加速させて自然に財政収入が増加するようにする「根本治療型」の財政支出を行うべきである。この点、中国は日本を反面教師にすべきだ、と。  なぜこの発言が注目すべきなのか。全世界がコロナ禍に見舞われた2020年、日本を含めた多くの主要国が、企業や個人への「救済型」の財政支出を積極的に行い、財政赤字を膨らませている一方で、武漢市での感染拡大を徹底した都市封鎖で抑え込んだ中国は、その後の経済対策において、竹中氏のいう「根本治療型」の政府支出を優先する政策によって、いち早くコロナ・ショックからの回復を実現しようとしているからである。