ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、いら立っているのか。当初、ウクライナへの侵攻開始から2日後に「首都キエフ陥落」を想定していたようだが、20日近くたっても「祖国を守り抜く」というウォロディミル・ゼレンスキー大統領率いるウクライナ軍の士気が落ちないのだ。ウクライナ軍のドローン(無人機)や対戦車ミサイル、地対空ミサイルなどの攻撃で、ロシア軍に深刻な被害が出ており、プーチン氏が情報機関幹部を軟禁したとの報道もある。欧米主導の経済制裁も効いており、識者は、ロシア国内で内部対立が勃発しかねないと分析する。 「ロシアは数千台の軍用車両、74機の軍用機、86機のヘリコプターを失った」 ゼレンスキー氏は13日午後、SNSに新たなビデオメッセージを投稿し、こう主張した。CNN(電子版)が同日報じた。ゼレンスキー氏は前日も「ロシア軍は1万2000人の損害を出している。(ウクライナとの損害率は)1対10だ」「ウクライナが100%勝つ」といい、祖国防衛戦を戦い抜く姿勢を示していた。 確かに、ロシア軍の苦戦は想定以上のようだ。 プーチン氏は当初、ロシア軍が短期間でウクライナの首都キエフを制圧し、ゼレンスキー政権転覆を狙っていたとされる。ロシアの国営メディア「RIAノーボスチ通信」が、侵攻開始から2日目の2月26日午前8時、ネット上に「キエフ陥落」を想定した予定原稿を誤配信し、直後に削除したことからも、プーチン氏の当初の計画がうかがえる。 海外メディアなどによると、戦力規模で劣るウクライナ軍は、トルコ製の偵察攻撃ドローン「バイラクタルTB2」や、米対戦車ミサイル「ジャベリン」、米携帯型地対空ミサイル「スティンガー」などを効果的に使用してロシア軍に対抗しているという。 バイラクタルTB2は、全長6・5メートル、全幅12メートル。ミサイルや誘導爆弾、ロケット弾で武装することができる。防衛システムを備えた正規軍相手には不向きとされたが、ロシア軍車両などを撃破する動画がツイッターで拡散しており、ウクライナ軍は成果を強調している。 ジャベリンは、全長1・1メートル、直径127ミリの歩兵携行式ミサイルで、射程は約2・5キロ。兵士が肩に担いで発射し、ミサイルは目標に向けて自動的に飛び、戦車の側面や装甲の比較的薄い上部を撃破する。 米国防総省高官は先週末、ロシア軍がウクライナ軍の「柔軟で俊敏」な抵抗に遭い苦戦しているとの見方を示した。ロシアの情報機関も激しい抵抗を予測できていなかったという。 こうしたなか、プーチン氏のいら立ちが伝わるニュースが流れた。 ロシアの独立系メディア「メドゥーザ」が14日までに、プーチン氏に侵攻前のウクライナ政治情勢を報告していた連邦保安局(FSB)の対外諜報部門トップらが自宅軟禁に置かれたと伝えたのだ。ウクライナ侵攻が計画通りに進まないことへの「懲罰」とみられる。 FSBは、プーチン氏の古巣である旧ソ連時代のKGB(国家保安委員会)の流れをくむ組織。外国の諜報活動を担う部門のトップ、セルゲイ・ベセダ氏らが、不確かな情報を報告した疑いが掛けられているという。 さらに、ロシア軍は13日、ウクライナ西部の要衝リビウの北西ヤボリウにある軍事基地「国際平和維持・安全保障センター」を、30発以上のミサイルで攻撃した。ウクライナ当局は、少なくとも35人が死亡し、134人が負傷したと明らかにした。 ポーランド国境まで約60キロと近いリビウは、ロシア軍の激しい攻撃を受けるウクライナ東部など各地から避難民が集まり、物資供給の拠点にもなってきた。これまで戦火が及んでいなかったが、プーチン氏が米欧諸国の軍事支援を牽制(けんせい)した可能性もある。 欧米諸国は、ロシアへの経済制裁に加え、プーチン氏の独裁的権力を支えてきた側近や新興財閥「オリガルヒ」ら富豪への制裁を強めている。 ジャネット・イエレン米財務長官は11日、「エリートたちへの制裁でロシア経済をさらに孤立させる」と強調した。オリガルヒの中には、欧米の資産凍結を恐れて、プーチン氏と距離を置く動きも見られる。 ■追い詰められるプーチン氏 ロシア軍は、キエフを包囲しつつあるが、今後どうなりそうか。 国際政治に詳しい福井県立大学の島田洋一教授は「プーチン氏が情報機関幹部を軟禁したのは、ウクライナ侵攻がうまくいかないことへの不満の意思表示だろう。ロシア国内では、欧米の制裁による国民の不安が増大し、オリガルヒの離反も招いている」といい、続けた。 「かつてCIA(米中央情報局)高官は、プーチン氏を『猜疑(さいぎ)心の塊だ』と指摘した。側近や周囲の人間に不信感を募らせている可能性がある。プーチン政権の『内部対立』の入口に来ているのではないか。ロシア軍の犠牲や損害が増えるにつれ、国民の『反プーチン』の動きも大きくなる。経済制裁による不満などで、治安維持も収拾がつかなくなるとも予想され、プーチン氏も追い詰められていくことになる」