<ロシアに圧力をかけるには、「抜け穴を塞ぐためにロシア産原油・天然ガスの輸入を禁止すべき」。サマーズ元財務長官が説く世界経済の論点>
ローレンス・サマーズ元米財務長官 Ruben Sprich-REUTERS
[ロンドン発]元米財務長官でハーバード大学のローレンス・サマーズ名誉学長が11日、ZOOMを通じて英有力シンクタンク、王立国際問題研究所(チャタムハウス)の討論に参加し、ウクライナに侵攻したロシアへの制裁、エネルギー価格の高騰、インフレ、膨張する債務、気候変動などについて縦横無尽に語った。【木村正人(国際ジャーナリスト)】 【動画】プーチンが「パーキンソン病」に見えると話題の動画 米欧が結束して対ロシア制裁を発動したことについて、サマーズ氏は「世界秩序が激変する可能性を予感させた。多国間主義以上に、これまでの制裁のスピードと範囲、レベルに感心した。その一方で、この制裁は戦争の一部なのか、罰としての意思表示なのかという現実的な問題がある」と指摘した。 「ロシア中央銀行に対する制裁にもかかわらず、急落したルーブルは戦争前の状態に戻している。ロシア政府がエネルギーの代金としてドルを受け取っているからだ。制裁が求められるレベルまでロシアに苦痛と圧力を与えているとは思えない。ロシア産原油・天然ガスの輸入を断つべきだ。そうしないと制裁に大きな抜け穴ができてしまう」との懸念を示した。 「国際秩序を守るためにウクライナ市民が払っている犠牲は私たちの何十倍も大きい。西側に求められている制裁も前の世代が払った犠牲に比べると相対的に小さい。ロシアへの制裁やウクライナへの武器供与が強化されることを私は望んでいる。ウラジーミル・プーチン露大統領の戦争犯罪を問うこと以上にこの戦争での大きな勝利はない」 ■「大砲もバターも」の時代との類似点 国際エネルギー機関(IEA)は高騰する原油価格を安定させるためアメリカ6055万9千バレル、日本1500万バレル、韓国723万バレルなど石油備蓄計1億2千万バレルを半年にわたり協調して放出する。アメリカは単独でも1億2千万バレルを放出し、全体の放出量は過去最大規模の計2億4千万バレルにのぼる見込みだ。日本が国家備蓄を放出するのは初めて。 サマーズ氏は「ゼロコロナ政策をとる中国の都市封鎖は1カ月前に想像していたよりもさらに広がり、より長い期間必要となるかもしれない。危機の重要な教訓は、過去に何をしたかを基準にするのではなく、いま何が求められているかだ。ロシアの金融をパニックに陥れ、破壊的な打撃を経済に与えるためにできることはまだあるはずだ」と強調する。
「世界はインフレの時代に向かっている」
インフレについて「アメリカのインフレは1960~70年代と類似点が増えている。数カ月前の私の懸念は『大砲もバターも』時代の過ちを再現しているということだった。金融緩和を伴う過度な財政政策が賃金を大幅に上昇させ、急激なインフレを引き起こした。今回はウクライナ戦争による商品価格の高騰や中国の都市封鎖という不運が重なっている」と語る。 「アメリカはハイインフレに入る大きなリスクを抱えている。マネタリーポリシーだけで防ぐのは非常にデリケートな問題だ。歴史的に見ても失業率が4%以下で、インフレ率が4%を超えた時、アメリカは2年以内に景気後退に陥っている。マクロ経済政策は需要に影響を与えられる。総合的な政策で需要水準を供給水準に合わせることが課題になる」 ■インフレに向かう世界 「現在、アメリカでは賃金のインフレ率が6%を超えている。欧州大陸では状況は多少異なり、極端な労働力不足には至っていない。それほど強力な財政拡張政策がとられたとも思えない。そのためより抑制的でより緩やかな政策が適切だ。世界はインフレという難しい時代に向かっている。イギリスに関しては確実に当てはまる」 中国の都市封鎖については「需要の減少から来るデフレ圧力がある一方で、サプライチェーンに大きな支障をきたす恐れがある。インフレに対する正味の影響は確信を持って判断できない」とだけ述べた。全体として見た場合「コロナで経済を閉鎖して再開しただけでは潜在的な生産規模が大きく損なわれることはない」との見方を示した。 「アメリカでは人口の半分がコロナを発症していると推測されるが、そのうちの1%が働けなくなれば失業率の1%に相当する。労働力人口が増えれば賃金が下がり、デフレになると言われるが、労働力人口が増え失業率が上がらなければ、働く人、稼ぐ人、使う人が増えることになり、賃金を押し上げる作用がある」 コロナでリモートワークが拡大した。「ZOOM会議が増えて移動時間が省略でき、生産性が向上した。一方、病院の看護師は人手不足で疲れ切っている。それが生産性の成長にどのような影響を及ぼすのか。人々には通勤や移動、着替えの時間を減らしたいと望んでいる。ニューヨークやロンドンに住みたい人は少なくなるだろう」と言う。 ■「ドイツの脱原発政策は失敗」 一方、債務の持続可能性については「あまり心配していない」と言う。「1990年代前半、ドイツの名目金利は9%、実質金利は5%で、政府債務を国内総生産(GDP)の60%に抑えることを決定した。現在、実質金利はマイナスだ。アメリカで急騰した名目金利も9%に比べると低い。インフレに対する懸念の方が大きい」とインフレ対策を優先させるよう強調した
気候変動対策で世界がとるべき戦略
「私は当分の間、ドルは基軸通貨としての役割を維持すると確信する。ドルでの取引が許されない場合、ユーロや日本円で取引するようになるシナリオは考えにくい。暗号通貨が従来の政府通貨に取って代わる可能性も低い。外貨準備として中国の人民元を増やす人よりも減らす人が多いのではないか」との見方を示した。 気候変動対策については「私は終末論を好まない。今後5年間で終末論者が求めることをすべて達成できる可能性は低い。5年後に彼らが地球を救うことはできなかったと宣言することもないだろう。環境分野で私たちが学んだ最も重要な教訓は、技術は進歩し、変化は加速し、私たちの期待より急速に進む傾向があるということだ」と指摘する。 「犠牲より技術革新とその促進に重点を置く方がより優れた戦略だ。気候変動を巡るオール・オア・ナッシングのレトリックは問題を解決できないという無力感を生み、逆効果だ。ドイツの脱原発の決定は大きな失敗だった。人々が原子力発電に懸念を抱いていたことは理解できるが、脱原発は脱炭素のコストを大きくする」と話した。