3月に岸田文雄首相(左)が訪印し、モディ首相と会談していたにもかかわらず、今回の事態が起きた(ロイター/アフロ)
インドが自衛隊機の着陸を拒否した。日本政府は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の要請を受けて、ウクライナ難民のための毛布などの人道支援物資を、備蓄倉庫があるインドのムンバイとアラブ首長国連邦(UAE)のドバイから、自衛隊機を使って、ポーランドとルーマニアに運ぶ計画をたてていた。 インドは、外務省レベルで一旦了承したものの、その後、自衛隊機の着陸を拒否し、民間機で運ぶことを求めてきた。自衛隊機が上空を通過することは許可するとのことだったが、着陸して積み込むことは許可しなかったのである。 本来なら、自衛隊機がインドに着陸して、人道支援物資を運ぶことには安全保障上の利点がある。平時から自衛隊とインド軍との間で、こうした協力関係が日常化すれば、手続きなどに慣れ、有事でもスムーズに支援しやすくなる。印中国境で、インドと中国が戦うことになれば、インドを支援する物資を、自衛隊機がインドに着陸して供給するかもしれない。 しかも、インドが拒否したタイミングは、ちょうど自衛隊の統幕長が訪印する直前だ。統幕長は、4月25~27日にインドで行われる国際会議「ライシナ会議」で講演する。その直前に事件は起きたのである(ちなみにこの会議は、統幕長だけでなく、欧米からも欧州連合(EU)のフォンデアライエン議長をはじめ高官が参加し、ロシアからも政府高官が参加する、大きな国際会議である。筆者も、米国国防省の現職の高官、米リンゼー・フォード・南アジア・東南アジア担当国防次官補代理などと共に、日米豪印韓の日本代表としてディナーパーティの壇上に上がる。筆者は力量不足であるが、全力であたるだけである)。 だから、このようないい話を、このようなタイミングで、インドが拒否したのは、なぜか。大きな疑問である。そこで、本稿では、2月24日にロシアがウクライナ侵攻をして以来、インドがどう行動してきたか、みて、その理由を探ってみることにした。
ロシアを非難しないインド
2月24日以来、インドが示した来た姿勢の特徴は、インドがロシアを名指しで非難しないことである。国連安全保障理事会でも、国連総会でも、ロシアを非難する内容のものはすべて棄権している。
ロシアに対する経済制裁にも参加していない。インドは、ウクライナのブチャなどで、ロシア兵による残虐行為が明らかになったときには、国連安全保障理事会でその行為を非難した。しかし、そこでも「ロシア」という言葉は使っていない。 3月には、日米豪印「クアッド」オンライン首脳会談、訪印した岸田文雄首相との首脳会談、豪モリソン首相と印モディ首相のオンライン首脳会議があった。4月、米国のバイデン大統領は、インドのモディ首相とオンラインで首脳会談を行った。米国とインドは、外務・防衛の閣僚2人ずつが参加する「2プラス2」も開いた。しかし、そのどの会談においても、インドはロシアを非難していない。明らかに、ロシアに配慮した姿勢であった。
とにかく「中立」を意識した姿勢
ただ、このインドの姿勢は、ロシアを支持している姿勢ともまた違ったものであった。その姿勢がよくわかるのは、中国の姿勢と比較した場合である。 中国とインドは、両国とも国連安全保障理事会で、ロシア非難決議に棄権した国である。しかし、その後、両国の姿勢の違いはより鮮明になっている。それは、中国が、欧米の対ロシア経済制裁を非難しているのに対し、インドが欧米の経済制裁に対して沈黙を守っていることだ。 3月24日に国連安全保障理事会において、ロシアが独自に提出した決議では、ロシアと中国が賛成したが、インドは棄権した。この決議では欧米諸国も棄権したから、欧米諸国とインドが珍しく同じ姿勢を示したものである。インドは、ウクライナや周辺国に薬や人道支援物資も送っている。 つまり、ここから考えられるのは、インドが徹底的な中立を追求していることである。本来、インドはロシアとの協力関係が深い国であるから(「ロシアを非難する国連決議にインドが棄権した理由」)、ロシア支持になってもおかしくはないのである。それなのに徹底的に中立を貫くのは、インドもまた、今回のロシアの行動をよくないものとして捉えていることを示している。 そこから考えると、今回のインドの自衛隊機拒否の姿勢は、インドの掲げる徹底的な中立の姿勢に引っかかる、ということだろう。インドから見れば、自衛隊機は軍用機であり、それが複数回、インド国内から物資をウクライナのために運ぶとなれば、これは中立ではない。そこで、民間機で実施するよう求めてきたものと思われる。
それでもインドとの関係改善に進むべき日本
ただ、心配なのは、断られた日本側だ。断られれば、うれしいはずがない。今回のインドの自衛隊機着陸拒否は、日印関係を悪化させる可能性がある。それに、ロシアのウクライナ侵攻を受けた日本とインドの立場の違いは、この自衛隊機着陸拒否だけでなく、頻繁に取り上げられており、累積して関係を悪化させる可能性がある。 筆者は、日印関係が、1998年のインドの核実験に対して日本が制裁をかけた時以来、最大の危機を迎える可能性を心配している。対応を誤れば、日印関係は、米ソ冷戦時代の日印関係ように、ほとんどお互いに無関心な状態まで戻ってしまうだろう。しかし、日本にとってそれでいいのか、ということは日本の国益という観点から、考える必要がある。 日本は、中国対策として日米豪印クアッド、インド太平洋構想を進めてきた。それはインドなしには成り立たない構想である。 日米豪だけであれば、米国の同盟国同士で話せばいいので、特にクアッドである必要はない。「アジア太平洋」のかわりに「インド太平洋」と呼ぶことにしたのは、「アジア太平洋」に含まれていないインドを入れるためである。そして、それは安倍晋三首相の時代に日本が主導して、米国も含め世界が受け入れる対中戦略になった歴史をつくった構想であった。 もし、今回のロシアのウクライナ侵攻を受けて、日印関係を決定的に悪化させれば、クアッドもインド太平洋構想も終わりを迎える。それで喜ぶのは、中国であって、日本ではない。 だとすれば、日印関係は維持しなければならない。日本は、本来ロシア側であってもおかしくないほどロシアとつながりがあるインドに、ロシア対策で何かを期待すべきでないのだろう。一方で、中国対策として、いずれ必ず、インドとの関係が役に立つことを踏まえ、今は、インドとの関係維持に力を注いでおくべきである。 長尾賢氏による論稿「中国と本気で戦うインド 日本はどれだけ理解しているか」はWedge Online Premiumにてご購入することができます。