「X家」対「 Y家」、村の派閥争いに巻き込まれ…5回移住を繰り返した漫画家が語る、「地方移住」のしんどい現実 から続く 【画像】5回移住した市橋俊介氏の住んできた地方をすべて見る(49枚) 田舎暮らしに憧れがあり、漫画連載の仕事を機に田舎へ移住した漫画家の市橋俊介氏(48歳)さんは、理想の土地を探すべく、これまで5回もの引越しを重ねてきたという。 3回目の移住で限界集落に住まいを構えるも、ややこしい人間関係や厳しい自然環境に疲弊し、観光も農業も盛んな八ヶ岳の麓の自治体に引っ越した市橋さん。そこで市橋さんを待っていたのは“ゴミ出し問題”だった。(前後編の後編/ はじめ から読む) ◆ ◆ ◆
「テメェ、ムカつくんだよ!」地元の飲み会で起きた“事件”
「町内会に入らないとゴミ集積所を使わせてもらえませんでした。聞けば4月の初めに総会という町内会の組が一堂に会する行事があり、そこで移住者の仲間入りをみんなで認め、それを経れば新参者もゴミ集積所などが使えるようになると。 しかし、私は4月末に越してきたので、総会に参加できず……他の住民は『それはしょうがないから、町内会費さえ払えば集積所を使っていいよ』と言ってくれたんですが、50代男性のZさんは、なぜか私を強烈に嫌っていて、彼がずっと反対していたんです。 めんどくさくなってしまったので集積所は使わず、役所や支所まで車でゴミを捨てに行っていたのですが、私の後に移住してきた社会的に地位が高めの職業の人は即町内会にも入れて、集積所も使えていたので、人によって対応が違うんだなと感じました。私の漫画家という職業がフラフラしているように見えて気に入らなかったんでしょうか……」 そんな中でも市橋氏は町内会の行事や飲み会に参加するなど、積極的に交流を図っていた。しかし、引っ越すまでの4年間、最後までZさんとのわだかまりは残ったままだったという。参加した飲み会で、市橋氏が病気(田舎に移住した後に難病を患い、アルコールは医者に止められていた)を理由に酒を断ったときには「テメェ、ムカつくんだよ!」と言いながらZさんにヘッドロックされ、腹を小突かれた。 「『警察呼びますよ』『呼んでみやがれ! テメェん家、火つけてやるぞ!』という展開になってしまったんですが、その場に居る人たちもZさんとの付き合いがあるので、『まあまあ、ここは喧嘩両成敗! 握手で仲直りだ』となあなあな対応をされてしまいました。 その日、Zさんは怒って帰ったのですが、以降、道ですれ違ったときも彼は声を上げて威嚇してきたり、無視したり、あからさまな嫌がらせをしてきました。最後は私も慣れてきて、あまり気にはしなかったですが」 そうこうしているうちに、市橋氏と妻の間に子どもが生まれる。それを機に引っ越しを検討し始めた。 「出産や私の病気のこともあって病院に通うことも増えたのですが、大きな病院まで車で片道1時間かかるんです。また、駅まで徒歩約100分の世界で、家から通えそうな学校が進学校か農業高校しかないなどと極端。子どもの教育のことも考えると選択肢が少ないと感じました。 Zさんのことを除けば、とても住みやすい場所だったんですが、子どもや病院のことも加味してまた引っ越しを決めましたね」
こういう人は嫌われる…移住者たちの“あやまち”
現在、市橋氏は都会と田舎の中間、いわゆる「トカイナカ」の地方都市郊外に住んでいる。4回も移住を繰り返し、お金がなくなったことと、漫画のネタになればという計算もあり、試しに競売に挑戦し、まさかの落札してしまったのが、今の住居だ。 競売物件で数年間空き家だったこともあり、最初は荒れまくっていたのだが、手を入れて掃除したら、そこそこ快適になった。病院や学校にも通いやすい土地であり、「これが最後の移住」と市橋氏は語る。 これまで、移住者を受け入れる地元住民にスポットを当ててきたが、一方で市橋氏は移住者側の問題も語ってくれた。 「移住者が多いような人気のスポットでは、そもそも移住組と地元民の棲み分けがされていて、お互いあまり関わらずに暮らしているケースも多かったです。別荘地や、移住者が大半を占めるような地域なら、面倒な人間関係は少ないです。 移住に失敗するのは、野心に溢れて極端な自然農法や循環農法、不耕起栽培などを提唱し『自分がこの田舎を変えてやる!』と意気込んでいる方などです。往々にしてそういう人は地元に嫌われますね。昔から頑張っている地元の農業関係者からすれば気持ちのいいものではないので、やれるもんならやってみな、と反発されて当然です。 実際、地元の協力も得られないまま、机上の空論だけで自分の農業に挑戦し、一度も作物を出荷できずに半年で諦めてしまう人を各地で見ました。 私も農業は10年近く経験しましたが、個人が新規参入で農家として食っていくことは、ほぼ不可能だと感じました。移住者はなんでもいいので、農業以外に生活の基盤を確保することが重要だと思います」 他にも東京の商社や広告代理店への勤務経験がある人が移住してきて、農業イベントなどを行うケースも稀にあったという。しかし、結局は本人や東京の関連人脈が潤うばかりで、地元へ貢献しているとは言えなかった。 「意識高い系の大学生などを集めて、田植えや稲刈りイベントを開催し、田舎暮らしのアドバイザー的な事業を行っている移住者がいました。ただ、地元民の中には、彼を訝しんでいる人も少なくなく『農業の基礎もできていないのに、偉そうに東京の人たちに指導していて、稲の持ち方も鍬の使い方も酷いもんだ』とぼやいている方もいました。 若い子を集めてくるので、地元の一部権力者や役場はチヤホヤしていたのですが、ほとんど地元の利益にならないと分かったり、主催者の女性トラブルなどもあったそうで、見切りを付けられ、結局去っていきましたね。 私からすると、あれだけ乗っかろうとしていた地元の人も、適当な知識や渡世術で、好き放題やってた移住者もどっちもどっちだと思いますが、良くも悪くも、ギラギラと欲深い人間は田舎にも集まってくるのだと感じました」 もちろん、移住者は野心に燃えた若い世代だけではなく、お金にゆとりのあるリタイヤ組もいる。しかし彼らも厳しい現実に直面するという。
「生産性のない人間に来られても」「産んで育てる人しか来るんじゃねぇ」
「50~60代で越して来て、田舎で10~20年は楽しく暮らせても、大きな病気をしてしまうと、都会へ戻って行く人がほとんどでした。結局、都会の利便性にはかないませんからね。また、そういうリタイヤ組に対しては辛辣な田舎の声もあります。『生産性のない人間に来られても、税金を使われるだけだ』と耳を疑うような発言を実際に聞きました。他にも『子供を産んで育てる人しか来るんじゃねぇ』という時代錯誤な文句さえ耳にしましたよ。それだけ田舎は疲弊し、焦っているんだと思います」 では、結局田舎に移住して、うまく立ち回れるのはどのような人なのだろうか。 「自然が豊かということは、それだけ人間には厳しい環境が待っていて、そこで暮らすことは相当な覚悟が必要です。そして、最終的にはやはり人間関係がキモになります。 田舎でもうまく立ち回れる人は、結局は都会でもうまくやれていた人です。都会での人付き合いに疲弊した人が、安易に田舎に越してみたところで、より濃厚で逃げ場のない人間関係にやられてしまうだけです。そういう方は、大人しく都会のマンションで周囲と関わらずに暮らしたほうが良いでしょうね。もしくは不便さを受け入れて、近所に誰も住んでいない山奥のポツンと一軒家に暮らすとか。 結局、田舎暮らしは、特定の頑固な人やうるさい人といかに関係を築くかがカギです。私は最初の挨拶だけはしっかりして、地域の行事にも足を運び、そのなかで仲良くなれそうな人と交流していました。 嫌がらせをしてくるような人は、往々にして地域でも住民から距離を取られているので、あまり気にしても仕方ないです。私は気に入らないことがあったら『すぐ引っ越してやる!』と思っていたので、案外気楽に過ごしていました」 ここまでみると、そもそも出身地でもあることだし、利便性の高い東京に戻ってきても不思議はない。市橋氏にその予定はないのだろうか。 「東京に戻るタイミングやお金を失いましたし、5回目の移住のタイミングで連載を打ち切られたこともあり、漫画の仕事もなくなりました。今から戻ることはあまり現実的ではないと感じています。 とはいえ、現在のトカイナカ生活は自然もありつつ、ほどよく利便性もあるので我々家族は今の住まいを気に入っています。田舎暮らしの酸いも甘いも嚙み分けつつ、漫画家に戻る事を夢見て生きていきたいと思います」 移住者も地元住民も、折り合いをつけて暮らしていくしかなさそうだ。