丸山礼 母子家庭で育った壮絶過去語り涙「生きてればいいや、みたいな感じだった」

 

 

日本には丸山君みたいな超貧乏な人達が多くいると思う 国はなんとかしろー!!

テレビに出れるようになって本当に良かったね

野党の糞たわけ共とぜんじろう、ブタエモンことホリエモン、玉川、岡田豚恵、たけし、

自民党やコロナのことばかかりピント外れの批判ばかりせずに、日本の超貧乏な人達に救いの手を差し伸べろ

 

 

 

 

丸山礼 母子家庭で育った壮絶過去語り涙「生きてればいいや、みたいな感じだった」

配信

  • この記事についてツイート
  • この記事についてシェア
スポニチアネックス

 お笑い芸人の丸山礼(23)が21日放送の日本テレビ深イイ話×しゃべくり007SP」(後9・00)にVTR出演。密着取材で、壮絶な子供時代を涙ながらに明かした。  今年に入ってからYouTubeの総再生回数5000万回を誇る丸山。北海道北見市出身で小学6年生の時に両親が離婚。母と5歳上の兄とともに、母子家庭で育った。  丸山は「お金もないので、ご飯もそんなに食べられなくて、とにかく明日どうやって生きていく、今日は何を食べさせよう、その場しのぎでしたね。それは仕方ないことだし、私も生きてればいいや、みたいな感じだった」と回顧。築30年の団地に家賃1万7000円で生活する中、母は家庭を支えようと 早朝からホテルの清掃、昼から夜は受付係と必死で働き、育ててくれたという。「親もそんな深くしゃべるぐらい一緒にいる時間はなかった。仕事が忙しすぎて…お母さん、年も取っていくし、体は追いつかないし、すごいいつも疲れている感じだった。見守るしかできなかったので、それがしんどかった。自分は働けないし、中学生の頃」と涙ぐみながら振り返った。  そんな中でも母はカトリック系の高校へ進学させてくれた。「私が高校の時に兄が大学に行っていて、私立の4年制の資金を母で全部まかなってたから。それを見た時に、また自分が4年通うことによって、負担が増えると思うと、絶対に無理だと思って。お母さんいないと生きられないと知ってたから。お母さんを悲しませない、お母さんを泣かせないために生きる」と大学進学をあきらめたことも告白。そんな中、高校時代は「元気をくれる場所、パワースポット」だったという保健室に通いながら、人間観察に目覚め、モノマネが得意に。全校生徒の前でモノマネで披露すると人気者に。それがきっかけで事務所からのオファーでお笑いの世界へと進んだという。  丸山は「お母さんはしんどくてつらい思いをしてきたので、なるべく自分は東京出させてもらって、芸能の仕事をさせてもらっているから、自分は仕事をたくさんすることが親孝行だと思うし」と母への思いを熱く語った。