始まりは「動物の足」だった。先月13日、埼玉県さいたま市南区にある荒川彩湖公園を散歩中の女性が、ベンチの上に置かれた猫の足2本を発見した。 「管理事務所の職員が警察に通報。埼玉県警浦和署が動物愛護法違反の疑いで被疑者不詳のまま捜査を開始しました」(社会部記者) その3日後のこと、今度は公園近くの雑木林で、下顎が欠損して後ろ足のない猫の死骸が見つかった。さらに翌日には、公園から800メートル離れた市立西浦和小学校の鉄棒に、猫の顎と見られる肉片がひもにくくられ、ぶら下げられていた。 当局をあざ笑うかのような行為はなお続く。 「26日、市内の家庭菜園で猫の下半身部分が、また近くの市道では上半身部分が野ざらしになっているとの通報がそれぞれありました。県警は防犯カメラの解析を進め、犯人にはある程度目星をつけていたはずですが、逮捕に至りませんでした」(同)
両親はともに東京都庁の職員
そして、事件は起きた。 今月1日正午過ぎ、さいたま市に隣接する戸田市の市立美笹中学にナイフを持った不審者が侵入。校舎3階にある教室内にまで踏み込んだ。60歳の男性教員らともみ合いになり、ほどなく取り押さえられたが、 「男性教員は腕や上半身を複数回切りつけられ、一命はとりとめたものの、全治数カ月の重傷を負いました。この教員がいなければ、大量殺人になっていた可能性もあります。また、生徒たちは教員の指示で避難し、幸いにも全員無傷でしたが、廊下には大量の血が飛び散り、泣いたり震えたりする生徒もいたといいます」(同) 殺人未遂の容疑で逮捕されたのは、通信制高校に在籍する17歳の少年で、 「誰でもいいから人を殺したいと思った。無差別殺人に憧れていた。猫も自分が殺した」 との供述が報じられると、注目度は一気に高まった。 「1997年の神戸連続児童殺傷事件で、少年Aは猫を大量に殺して性的快感を得ていた。今回のケースはそのことを思い起こさせたわけです」(前出・記者) だが、少年の家庭環境を見る限り、そこに影はうかがえない。 一家が暮らすのはさいたま市浦和区。最寄りのJR南浦和駅まで徒歩で10分ほどの住宅街だ。100平方メートルを超える敷地の半分を占めるのが、木造2階建ての小さな住まい。 「2009年に夫婦で各々2千万円、計4千万円のローンを組み、この家を建てています」(同) 両親はともに東京都庁に勤務する地方公務員で、いわゆる共働きである。
父親は都庁の課長
「父親は名門・県立浦和高校を卒業し、東京理科大学に進学。住宅総合メーカーに勤務後、都庁に転職し、現在は課長職にあります」(同) 少年は両親と、有名私大に通う姉との4人で暮らしていた。表向きは堅実かつ何不自由ないように映る。 小学校時代の同級生に印象を聞くと、 「友達とふざけて学校でプロレスごっこをしたりして、やんちゃな感じでしたね。ご両親がすごく教育熱心だったと聞いたことがあって、お姉さんがとても賢いって評判でした。そうそう、本人は極真空手の教室に通っていたはずです」 その空手教室の師範が言うには、 「たしかに彼が小学1年生と2年生の時に習いに来ていました。初級クラスの在籍で、白帯のひとつ上のオレンジ帯でした。ごく普通のお子さんでしたよ。道場を辞めた理由は学校の勉強を優先したいとか、そういう話だったと思います」
小学6年生の頃から不登校気味に
だが少年には、小学6年生の頃から不登校の気が見られるようになっていた。 小学校の卒業文集には「バスケ大会の悔しさ」と題し、〈僕は、六年生になって様々な行事を行いました。修学旅行やサッカー大会など、全ての行事を満喫しました。中でも一番心に残ったのは、バスケットボール大会〉 などと小学生らしい内容をつづり、バスケの試合に敗れた心境を記したうえで、 〈中学生になっても、たくさんの行事があると思うので、(中略)たくさんの楽しい思い出を作りたいと思います〉 としていたが、進学先の地元の市立中学校では願いかなわず、いよいよ本格的な不登校に陥っていく。 中学校の同級生の話。 「基本的に学校には来ておらず、学年ごとに撮る集合写真も毎回、別枠で顔写真を載せられていました。ただ、保健室には通っていたのか、たまに廊下で見かけることはありました」 生来活発だったはずの少年が学校を避けるようになったのはなぜか。
「中学受験のプレッシャーで…」
「切りつけられた方のご容体は大丈夫なのでしょうか。なんでこんなことになったんだろう。そんなに悪い子じゃないんですけど」 涙ながらにそう語るのは、少年の叔母である。 「ただ、小学6年生の時に中学受験のプレッシャーで学校に行くのが嫌になってしまったみたいで。その頃から不登校に……。自宅のトイレに『武蔵中学合格』と書かれた紙が貼られていたのを覚えています」 両親の思いを受け、東京の名門男子進学校で、開成中、麻布中と並ぶ“御三家”と称される武蔵中を目指して受験勉強にまい進。だが思うように学力は伸びず、やがて精神的に追い込まれ、不登校になってしまったというのである。 「親から“学校に行け”と言われるのが嫌だったのか、6年生の時に、さいたま市にある私の両親(=少年の祖父母)の家まで逃げてきたこともありました」 かくて祖父母が心の支えになったらしい。 「両親が共働きでしょう。寂しい思いもあったんじゃないかな。だからでしょうか、学校に行けなくなってからも、おじいちゃん、おばあちゃんの家には時折顔を見せに行ってました。ただ、昨年5月に私の母も高齢者施設に入居しまして、とうとうあの家には誰もいなくなってしまって……」 こうして心のよりどころを失った少年が“暴走”を始めるまでに、多くの時間は要さなかった。
新潟青陵大の碓井真史教授(社会心理学)は、平成史に残る少年Aの事件との類似性を次のように指摘する。 「学校で教師を切りつける前に猫を殺害し、人を殺すことに関心があったとも供述しています。生き物を殺すことに快楽を見いだすタイプだとすると、神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗に類似するといえる。ただ、人を傷つけたり殺したりすることに性的興奮を覚える性的サディズムを抱えた酒鬼薔薇と同様の精神構造を今回の少年が持っているかどうかは、今後の精神鑑定を待つ必要があります」 碓井教授はこんな分析も。 「白昼堂々の犯行は、逮捕されてもいいという覚悟の上で大量殺人を狙っていたとも考えられます。この点、08年に25歳で『秋葉原通り魔事件』を起こし、昨年死刑が執行された加藤智大と似た要素も見受けられる。ルサンチマン(鬱屈(うっくつ)した怨恨)を内に抱え、自分をバカにした世間を見返してやるといった心理が働いている可能性もあります」 動機は今後明らかにされようが、捜査関係者いわく、 「少年は猫を殺す動画を繰り返し見ていました。また、昨年8月に渋谷区内の路上で母娘が切りつけられた事件を参考にもしたようです。あの事件は戸田市に住む中学3年生の女子が起こしたものですが、少年はその女子生徒に憧れていたと供述しています」
渋谷事件の女子生徒との縁を求めた?
そして実は、少年が刃物を持って侵入した市立美笹中学こそ、 「渋谷事件の女子生徒が通っていた所です。少年は彼女との縁を求めて犯行に及んだフシもうかがえます」(同) 元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士が、少年の今後を見通して言う。 「地検での取り調べが終わった後、家裁に送られ、地検に逆送致するかどうかが判断されます。今回の犯行は人の生死に関わることで、明らかな故意も見られます。再犯の可能性など危険な要素が多分に含まれており、逆送致される可能性は高いでしょう。逆送後は地検によって起訴されて、そこからは成人と同様の刑事裁判となります。殺人未遂罪は、成人の場合なら懲役9年前後の判決言渡しが多いですが、今回は少年ですので短期で5年以上、長期で10年以下程度でしょう」 もし受験に成功していたら、少年はかような道を歩まずに済んだのだろうか。それとも――。 「週刊新潮」2023年3月16日号 掲載